magandang hapon po!
今、フィリピンのマニラから書いています。香港→台中→台北→マニラと、海外をひとり放浪しています。ほんで、いきなり結論なんですが、最短最速で英語を身に着けたいなら、やっぱり使うことが大事やなぁとつくづく感じています。繰り返します。最短最速で英語を身に着けたいなら、やはり使うことがめっちゃ大事だと思います。ここから、もうちょい具体的な話もするんですが、「使うのが大事」と聞いて、「なんだそんな当たり前のことか…」と落胆された人はスマホやタブレットの画面をシュッとやってもいいですし、PCの人は戻るショートカットキー入力してOKです。ただ、「知る」と「やる」は大きな違いがありますし、「やる」に至ってない人間には分からない「やって初めて分かること」ってたくさんありますよね。知行合一じゃないけれども、実践して初めて有機的に連関しますよね。(知識のconnecting the dots的な、この感覚、あなたに伝わりますかね?)
とは言え、「使う」という言葉は抽象度が高いので、あまりにもたくさんの概念を含んでいます。抽象度が高いだけでなく、ちょっと漠然としています。なので、もうちょい具体化します。橋本と石崎さんは、「使う」が含む様々の概念の中でも、より「最短最速」というところにフォーカスする場合、お金に絡む体験をすることってのが大事だと考えています。
理由はシンプルです。お金が絡む体験ってのは、損得に関する体験であり、それ故に、感情が動きやすいからです。損しそうな時には、「いやいやいやいや」って必死に理由を尋ねますし、得するってなると「え、ホントに!!」とテンションが上がります。ほんで、感情が動くとやはり記憶に残ります。なので、「英語を最短最速で身に着けたいなら、使うのが大事。得に、感情が動くようなお金に絡む体験が大事。」と主張しています。
さて、ここでもう1つ丁寧に扱っておきたいことについて触れておきます。それは、「英語が身に着く」ということについてです。「英語が身に着く」という表現は、これもまた、曖昧さをはらんでいます。ぶっちゃけ、どのような状態が「英語が身についている」状態なのかなんて分かりません。ですので、ここで、定義付けをします。今回のお話のテーマである「英語が身につく」という表現を、どのような意図で用いているかお伝えします。僕らは、英語を使って、自分の意図したことができる状態を「英語が身についている」と考えています。例えば、airbnbで英語のホストの人とやり取りしたり、海外の記事・雑誌・本などを読んだり、海外のソフトウェアを使ったりなどですね。
ちなみに、そこには流暢さは要りません。いや、あるほうがベターですよ。そりゃあそうです。でも、必須ではないですし、流暢さは後から付いてくるものでしかありません。例えば、香港。香港は英国が支配していたので、僕も「香港の人は英語ができる」って思ってました。でも、今回の旅行で分かったのですが、彼らの英語は広東語なまりが入っています。でも、彼らはそんなことお構いなしです。ガンガン英語を使ってます。それこそ、流れるように話します。でも、別に発音は綺麗ではないですし、なんならアメリカ英語に慣れている僕にとっては聞き取りづらかったです。ほんで、「英語の発音が綺麗かどうかは、必ずしも通じるかどうかとは関係ないし、流暢かどうかは、使っているかどうか次第だな」ということを実体験ベースで強く感じました。
というわけで、「英語を使う」と言っても、変に身構える必要なんてないんですよね。僕らは「英語ができる」と言うと、キレイなアメリカ英語を想像します。でも、iPhoneユーザーの人、siriの設定を見てみてください。siriの設定には、幾つもの英語がありますよね?そうです。アメリカ英語なんて、たくさんある英語の中の1つでしかありません。なので、僕らも、ジャパニーズイングリッシュをガンガン使って良いんです。もしジャパニーズイングリッシュで通じない点があれば、その後修正すれば良いんです。ってか、コミュニケーションの術はオーラル・コミュニケーション(口頭でのやり取り)だけじゃないですからね。uberもairbnbも普通にテキストベースの英語のやり取りができます。
uberとairbnbで言えば、東京でairbnbを使ったときに超絶ボロい宿に泊まったんですけど、そこのホストの人は英語でその宿の詳細を書いていたんですね。で、その記載には、文法的には間違っている表現とかも結構あったんですが、実際にそこに泊まってみると海外の人が何人もいました。多少の間違いがあっても、たいていの場合はそこにはコンテクストがあるので、意図がねじ曲がるような大きな間違いにはつながらないんだなぁと実感しました。それと同時に感じたのは、変に英語を神格化せずにどんどんチャレンジしている人は、英語圏の市場にもアプローチできて、旨味を得ているんだろうなとも感じました。海外を観光して現地の人とお話すると、「日本の観光は良かった。でも、言葉がね…。」という声、めっちゃありました。なので、英語がちょこっとできて、それをきちんと発信している観光事業者にはお金が流れていそうです。今は、Google先生を始め、たくさんの便利なツールのおかげで想像しているよりも遥かに簡単に英語でのコミュニケーションができますよね。
そして、これは何も観光市場だけの話じゃないんですよね。僕、前、カリフォルニアの企業から依頼を受けて、京都のお茶屋さんのリサーチをしたんです。その時、びっくりするくらい、「うちは英語ができないから…」とか「うーん、やっぱり英語がね…」とか「海外に卸すのは、間に挟むようにしてるから、ここに連絡してみて」みたいな声があったんです。つまり、日本の特産品も、自分たちで作り上げた、「想像上の言語のカベ」のせいでビジネスチャンスを失っているなんてことがあるようです。ベネディクト・アンダーソンが『想像の共同体』という本で、国家は想像が作り上げた恣意的なものに過ぎない的なことを言ってるらしいですが、僕らも、「英語でコミュニケーションなんてできない」という想像によって、チャンスを失っている可能性は大いにありそうですよね。
というわけで、最後にまとめると…。英語をどんどん使うことで、英語の先生からではなく、現場からフィードバックをもらい、そこで色んな思いを感じることで、自分自身の英語をブラッシュアップしていくことが英語を身に着けるための最短最速の方法だと考えています。