冨永愛の英語学習法、美容法、子育て論、そして生き方は男が絶対見ておくべき内容だった。〜あなたは後悔しない生き方をしていますか?〜

冨永愛10

モデル冨永愛が見せる様々な表情

本日紹介するのは、モデルの冨永愛さんです。9月1日に放送されたバラエティ番組『土屋アンナ&冨永愛VSよゐこ 過酷!! 真夏の無人島で2泊3日?0円生活』も視聴率は高く、最近テレビでもよく見かけます。モデルの写真だけ見ればクールで上品な大人のイメージがありますが、放送された姿はむしろ逆。あのマイペースでハイテンションの土屋アンナさんにひけをとらないほどの騒ぎっぷり。あ、もちろん悪い意味ではありませんよ。逆に好感が持てるというか、とても清々しかったです。そんな冨永さんは世界で活躍するトップモデルなのでもちろん英語も堪能だということで今回記事にしました。ではいきましょう。

Fashion-Ai Tominaga-Supermodel-Japan

冨永愛のプロフィール

冨永愛さんは1982年8月1日生まれの現在31歳です。身長は179cmで、なんと股下は驚異の92cm。体全体の51.4%が足です。そして9頭身。日本人で初めてパリコレに出演した山口小夜子依頼の逸材だとデビュー当時は囁かれていたそうです。モデルになる前の夢はアナウンサーか弁護士だったそうで、お母さんは勉学にとても厳しい方だったそうです。冨永愛さんは3姉妹の真ん中で3歳から10歳までモダンバレエを習っていたそうです。特別牛乳などを飲んでいたわけではなかったそうなので、遺伝でしょうか。身長は80%遺伝、体重は50%遺伝だそうです。さて、モデルデビューは中学3年生の時。そして高校1年生の終わり頃に事務所を移行してすぐに撮った宣材写真が国内外の大物の目にとまり2000年秋にはVOGUE NIPPON誌面に制服姿の写真が掲載され、世界への道が開かれました。ランウェイデビューは1999年のヒロミチナカノの東京コレクション。海外デビューは2001年。この年が冨永さんにとって一番激動の時だったでしょう。NYコレクション、パリ・オートクチュールに出演し、海外デビューから1年もしないうちにその名は世界に広がりました。当時19歳ですね。月日は経ち、人気絶頂期の2004年秋に、妊娠・結婚を発表し一時休業。しかし2006年SSシーズンで復帰し、その後2010年3月に海外モデル引退の宣言をして、同年の秋ルイヴィトンとの独占契約でのパリコレ出演を最後に日本に帰ってきました。現在は日本を拠点にモデル業、社会貢献活動、TV出演、ラジオDJと活動の幅を広げています。2009年に離婚を発表してからはシングルマザーとして養育も奮闘中。料理は得意で、息子お弁当も毎日作っている。趣味は着物集めとスノーボード。

冨永愛20

冨永愛がモデルになる前

冨永愛さんは高校を卒業するまで、ずっと生まれ故郷の神奈川県相模原市に住んでいました。相模原市立橋本小学校に通っていた頃は男の子になりたかったそうで、髪の毛をボブに切り、メンズライクな服装をしていたそうです。友達は男の子の方が多く、昆虫図鑑を持って森を探検したりする子だったとか。相模原市立旭中学校に進学してからは、吹奏楽部、帰宅部、陸上部と転々としていたそう。当時から身長は175cmほどあったそうで、それが原因でいじめにもあっていたそうです。その頃から身長にはコンプレックスを抱くようになり、自分が嫌いになったそうです。そのことを姉に相談し姉はモデルを薦めた。自分はバスケットボール選手とバレーボール選手の道も考えたそうだが、最終的には姉にモデルのオーディションに応募してもらってモデルの世界へ。時代性もあったそうで、今では背が大きいことは一種のステータスになりますが、富永さんが学生の頃はファッション自体まだ流行りきってなかったらしく、周りとは違う存在という風に見られていただけとおっしゃってました。「自分を認めてほしい」。そんな思いで人前に立つモデルになったそうです。そして神奈川県立橋本高等学校に進学した冨永さんは、すでにモデルの仕事が忙しく友人と遊ぶ機会もほとんどなかったようです。門限も21:00と厳しく育てられました。学生の頃のエピソードとしては、高校3年生の時、どうしても日焼けがしたくて、1ヶ月間仕事の休みをもらい友人と海に行ったり、日サロに行って真っ黒焦げになったらしい。冨永さんを世界へと繋いだあの制服の写真で肌が黒かったのはそのこれが理由でしょうか。

冨永愛22

冨永愛が英語を身に付けるために行ったこと

冨永愛さんの英語はとても綺麗で、落ち着いた話し方をされてます。相当英語に慣れてますね。しかし、冨永さんが海外で仕事をし始めた時に一番大きかった壁がこの英語だといいます。冨永さんは高校を出たら自立すると決めていたそうで、2000年単身ニューヨークに向かいました。上で紹介した流れからいくと、冨永さんは日本での話題と共に難なく世界で有名になったように見えがちですが、決してそうではなかったそうです。高校での英語の授業もまともに受けられなかった冨永さんはNYに降り立った時「YES」「NO」しか言えないレベルで、相手の言うことが全く分からなかったそうです。そんな英語力で自分をアピールするブックと呼ばれる写真集を持ってオーディションに駆け回る日々。メトロを乗り継ぎ、1日、20件回ったこともあったそうです。また、会った瞬間ブックをバタンと閉じられ終了と言われるオーディションもあり、そういうオーディションではなんとか食い下がり自分をアピールするそうです。相手が試しているのは英語力と表現力。拙い英語力を鍛える為にただ会話が聞きたくて地下鉄に乗り続けたこともあるそうです。また冨永さんの時代はまだまだアジア人がランウェイを歩くことが少なかったため差別も多かったようです。「アジア人はドレスは着られない」「黒しか着られない」など、偏見からのスタートですので、オーディションに受かる為にはどうしても相手に自分の魅力を言葉としても伝えなければならなかった。必死で英語を勉強したそうです。レッスンにも通ったが続かなかったようで、冨永さんは全て独学で英語を身につけました。まさに生きていくために必要だったスキル。そしてその道を選んだのは他でもない自分です。こういう環境を作れる人は英語勉強なんて人生の苦行のほんの数%程度だと考えられるのではないでしょうか。

冨永愛21 コピー

冨永愛の「Love&Peace」〜モードは人を救えるか〜

冨永愛さんはボランティア活動(彼女は「Love&Peace」と呼んでいる)にも力を入れています。子供が生まれて半年くらいたった頃、自分はすごく恵まれているなと感じたそうです。子供も産めて、仕事もあって、暮らす家もあって。生活するには困らないこの状況で自分は何かしないといけないと感じたそうです。冨永さんは言います。モードはあくまで娯楽。富裕層の遊びでしかない。毛皮も多く使うし、洋服の生産は低賃金で過酷な労働を強いられる発展途上国の人々が行っている。贅沢な世界で生きている私たちが行えるせめてもの償いをしようと。そんな中,国連WFP,世界食糧計画の公式サポーターとなり,途上国の乳産婦と子供を救おうという運動をしている,国際協力NGOの「ジョイセフ」と出会い今でもその活動を続けています。冨永さんは途上国の乳産婦と子供を救う「ホワイトリボン運動」を行っており、ジョイセフが立ち上げた「MODE for Charity」の親善大使も行っております。現地では子供が生まれる仕組みや病気のリスクを正しく教育することに始まり、現地の人をジョイセフスタッフとして雇い、出産についての勉強会を行っているそうです。また、病院の代わりになる妊娠しているお母さんが泊まれる宿も建設中。冨永さんはそういった活動に寄付をしたり、年に1回現地に行き現状をしっかりと自分の目で確かめてきているそうです。また、その現状を伝えるために自分自身が広告塔となり世界を駆け巡っています。現在、妊娠をキッカケに命を落とす女性は年間53万6千人です。妊娠して「自分が死ぬかも」なんて日本ではあまり考えないでしょう。今回冨永さんのボランティア活動をキッカケに世界の出産のリアルを知った僕は、とても複雑な気持ちになりました。自分が結婚し、妻が妊娠したらただ喜んでいるだけじゃなく、少しでも協力できることを探し実行していかなければと想いました。

冨永愛6

アートセラピーの資格試験勉強中

冨永さんは現在アートセラピーの資格を取得しようと勉強しているそうです。アートセラピーとは無意識層にある内に秘めている可能性、潜在意識、表現能力を知って高めていく為にアートを使う方法。つまり絵を描いてもらって深層心理を見抜くということです。病院にいる子供や両親を亡くしてしまった子供に絵を描かせ、そのストレスサインを早期に発見するのです。冨永さんは自身の子育てにはもちろん、ジョイセフや東北の子供達にも活かしたいと述べています。

また、写経も行っているそうです。ある時期悩んでいた時に友人から般若心教の写経本をもらってやってみたら、とても集中できて無になれたと語ります。写経は長いから、書いている最中に集中力が切れると、字がぶれてくる。難しいけど、頭に残る文字があったり、字も綺麗になるからオススメです、と。たしかに、悩んだ時にその解決策を導き出すのも良いですが、長引きそうなら「集中する」ってのは一つの手ですね。どうせ混乱した頭で考えても悪い方向にしか進みません。一度冷静になる意味も込めて「集中する」。これは発見です。

冨永愛4

冨永愛の美容法、健康法、スタイル維持法

キレイな人ほど「何もしてないんですよ!」なんて言いますが、そんなわきゃない。いつもしてるから当たり前になっていざ聞かれると答えられないだけなんですよ。ということで、冨永愛さんが実際に行っている美容法、健康法、スタイル維持法を以下にまとめます。(むっちゃ調べた…)

  • 自炊の時は日本食で一汁三菜を徹底する
  • 週2回・1日3時間のトレーニング(シュートボクシング、ミッド打ち)
  • 料理を作る
  • アウトドアで子供と本気で遊ぶ(子供のサッカーイベントで肉離れするレベル)
  • 毎朝、緑茶を飲む
  • 毎日、鏡の前で裸になって自分の身体を眺める。変化に気がついたら、たるんだ部分を戻す
  • (良い意味で)忙しく生きる

冨永愛14

まとめ

「シングルだから働かなくてはいけないけれど息子との時間だけは絶対に譲らない」

そう語る冨永さんは極力夕方以降の仕事は入れないようにして、息子さんと過ごす時間を大事にしているそうです。まだ冨永さんが妊娠する前の話。「一人の時は負けたくない気持ちでずっと頑張ってきて、きっとすごくキツい顔をしてた。」そんな風に語る冨永さんも今では、「子供のおかげで穏やかになれる。」とおっしゃってます。自分のために精一杯生きてきた過去があるから、振り返らず次は子供のために全力になれる。冨永さんは20代に後悔はないといいます。もしあったとしても次に持ち越し、だそうです(笑)。母親として素晴らしいなと感じたのは、冨永さんのこんな一言です。

「子供が何か行動起こした時、考えがあってやったことなのか、自分勝手な気持ちなのかで伝え方も変わるし。例えば、宿題が沢山あって『できない!』って言った時、理由を聞いて『いいよ。やらなくて。』と言う日をわざと作ることもある。その結果、学校で怒られて子供が何を感じるかだと思うんだよね。」

本気で子供のことを考えている大人の視点だとつくづく感心しました。この考えはなかった。後悔のない生き方をしている人が大人になり、親になれば伝えられること、伝え方は全く違うものになるんだなと、今回はいろいろ発見させられました。さて、では最後に冨永さんの好きな言葉を紹介して終わります。

「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」

TOEIC講師:石崎力也

PS:TOEICで後悔しないために必要な情報を全てお伝えします。

 

スポンサーリンク

執筆陣別

カテゴリ一覧

歴代の人気記事

メルマガ登録

TOEIC塾

英語講師の皆様へ

スポンサーリンク
スポンサーリンク
今日最も読まれた記事

ページの先頭へ